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赤松直樹2020年今現在の姿がヤバい?フェミニストや左翼として活動していた?





元ヒステリックブルーのギターでリーダーだった赤松直樹さんの2020年今現在の姿が話題に!

2004年に赤松さんは逮捕され、その後出所されていますが現在は何をされているのか謎に包まれていました。

今回は赤松直樹さんの2020年今現在の姿について調べていきました。



赤松直樹のプロフィールは?

名前: 赤松直樹

読み方: あかまつなおき

生年月日: 1979年5月29日

年齢: 41歳

出身: 大阪

赤松直樹さんはヒステリックブルーのギターとして1997年に大阪で結成。

ボーカルTamaさんとドラムのタクヤさんに誘われヒステリックブルーに加入。

1998年10月31日にはソニーからシングル『RUSH!』でメジャーデビューと1年足らずでデビューされています。

また1999年1月には『春〜spring〜』が大ヒット!

今現在でもカバーされるほど人気の曲で紅白歌合戦にもこの曲で出場されています。

そんなヒステリックブルーですが2003年9月23日で活動休止されて、翌年3月に赤松直樹さんは不祥事により逮捕されていました。

栄光から転落まで短い期間でまさにジェットコースターみたいな人生ですね。



赤松直樹はいつ出所した?

赤松直樹さんはいつ出所したのか気になり調べたところ2004年に逮捕され、2006年に有罪判決が確定し懲役12年とのことでした。

となると2018年ごろに出所したのではと思います。

また刑務所で生活されているときの獄中日記なるものがニュースサイトに掲載されていました。

山形刑務所では毎年4月に「観桜会」が実施される。もっとも、その名称ほど大仰なものではなく、運動場の片隅に数本生えている桜の木の下にブルーシートを広げ生菓子を喫食するという10分15分の行事だ。

冬の間ずっと不機嫌だった太陽がようやく顔を出した昨年の観桜会。春風にあおられた花びらが小躍りする様を眺めながら、「交談禁止」のため黙々とプレミアムスイーツ『ふんわりワッフル(4ケ入り)』を食していた。

脳内再生されていたBGMはオリビア・ニュートンジョンである。その瞬間、私は確実に小さな幸せを噛み締めていた。生クリームとともに。

税金で犯罪者にそんな贅沢させるなという意見もあるだろう。しかし、単調な生活を送る毎日にあって、このような行事が受刑者に与える心理的影響は決して小さくない。

幸せを感じると同時に、改めて気付かされるのである。
――ああ、幸せだ。社会からは忌み嫌われるべき存在でしかない犯罪者のオレが、こうして美味しいお菓子を食べさせてもらいながら桜を眺め幸せを感じている。

でも、オレの被害者の人たちは事件以降こんな幸せさえ感じることができなくなってしまったのかもしれない。彼女たちは事件の傷とどう向き合い、どう乗り越え、あるいは乗り越えられず今も苦しんでいるのだろうか。

引用:YAHOO NEWS

山形刑務所で服役されていたことが分かりました。

獄中での楽しみな時間につかの間の幸せを感じ、そして同時に罪への背徳心を感じると手記には書かれています。

受刑者は各々が自分自身と向き合い考えさせられる時間が多いのかもしれないですね。

また出所後はすぐに社会復帰できるわけではなく、社会復帰施設にて職業訓練などをされて晴れて出所となるようです。



赤松直樹の2020年今現在の姿がヤバい?

赤松直樹さんの2020年今現在の姿が気になり調べたところ、驚きの転身をされていました。

調べてみるとツイフェミというツイッター上でフェミニスト的な発言をされる方として活動されているとの情報がありました。

ツイッターを確認するとアカウントはあるものの現在はツイートはすべて消されていました。

しかしツイフェミとして活動されていることは確かなようです。

このように特定されていました。

そしてツイフェミの活動家の中でも知名度があり有名だったようです。



赤松直樹のフェミニストとは何?

赤松直樹さんが活動しているフェミニストとはなんでしょうか?

フェミニストとは、全ての性が平等な権利を持つべきだという理由から女性の権利を主張する行為(フェミニズム)を支持する人のことだと、英オックスフォード辞書で定義されている。

女性も平等に扱うべきだと主張する支持者のことを指しているようです。

赤松直樹さんは頻繁にツイッターでフェミニストとして発信されています。

フェミツイ活動家と称されていました。

どんな活動をされているのか調べると政治系のネタについてや、フェミニスト的な視点からのツイートされていたり、女性党員のスピーチ活動を聞きに行ったりされているようでした。

詳しい活動については正直よくわかりませんが、ツイッターでの発信がメインだったのではないかと思います。